BLACK=OUT
第五章第二話:黒き少女
BLACK=OUT Project、メンタルフォーサーチームオペレーションルーム。
ここは、日向たちMFTの職場であり、有事の際の作戦会議室でもある。
彼らは普段、この場所で作業を行いながら、出撃命令と共に速やかに状況の確認、整理、そして作戦の立案を行う。
それらを取り纏めていたのは、言うまでもない。
前隊長のエレナ=フォートカルトだった。
「ねぇねぇ、恭ぅ」
パタパタとオペレーションルームに入ってきたメイフェルが、慌ただしく四宝院に呼びかける。
時刻は23時。
MFTのメンバーは、皆既に自室へ戻っている。
今、部屋にいるのは、彼ら二人だけだ。
「どうしたん?」
どうせまた、くだらないゴシップでも仕入れてきたのだろう、と、四宝院は気のない返事をする。
「宮葉小路さんなんですけど、隊長就任を辞退したんだってぇ!」
長官が話しているのを立ち聞きしたらしい。
「………………」
確かに、今の宮葉小路では隊長は務まらないだろう。
とは言え、他に適任者がいない事も事実だ。
「そうか。……参ったな、ホンマ」
ンー、と伸びをし、ボリボリと頭を掻く。
「遊撃の日向さんだけやったら抑えられへんし、後ろも危険やろ。オマケに隊長不在ときたら……」
今のこの状態で、もし出撃命令が下ったら……。
考えるまでもなく、結末は見えている。
「えっとぉ、それからぁ……」
メイフェルが言いづらそうにしばらく口篭ってから、言った。
「日向さんがぁ、二人に余計なこと言ったみたいでぇ……」
「は? 日向さんが?」
「それでぇ、今チームの間でもギクシャクしてるんだよぉ」
あちゃー、と四宝院が頭を抱えた。
「こんな時に何考えとんねん、日向さんはぁ……」
これでは、最早チームとは呼べない。
(一時的に、チームを解散するように具申してみるかぁ……)
代わりのメンタルフォーサーを確保していないB.O.P.にとって、再編はおろか一時解散すら望みは薄いのだが。
窓の外には、深い宵闇が広がっている。
しかし、外界と隔てる一枚のガラスに室内光が反射し、様子を窺い知る事も叶わない。
(このガラスさえあらへんかったら、この暗闇を覗くことも出来るのにな……)
「お父さん……お母さん……」
暗闇の中、少女は泣いている。
何時間泣き続けたか、時間の感覚など皆無だ。
声は枯れ、充血した目の周りがズキズキと痛い。
少女の両親は、ε4区に勤めていた。
あの日、休日だったが二人は出勤していったのだ。
――そして、そのまま帰ってこなかった。
「どうして……帰ってこないの……ご飯……冷めちゃうよ……」
掠れた声は、しかし物音一つしない室内に煩いほど響く。
「ねぇ……今日ね……学校でね……音楽の……先生が……」
少女独りの部屋に溢れる繰言。
返す者の無い、行く当ての無い言葉。
「聴 いてる? ……お母さん……? ……どうして……返事……くれないの……? ……わたし……ちゃんと……お留守番……してたよ……ねぇ……お父さん……ま だ……? ……明日……みんなで……遊びに……行くのに……寝坊……しちゃ……ダメ……だから……早く……早く……早く……早く……早く……早く……早 く……早く…早く…早く…早く…早く…早く早く早く早く早く早く早く早く……」
――繰り返す言葉は、呪いになる。
蒼い闇、沈む漆黒が言葉を紡ぐ。
――汝、この不条理が憎いか。
ぴくり、少女の体が震える。
理解など、出来ようはずもない。
未来永劫続くべき、当たり前の幸福を奪われる覚えなど無いのだ。
――ならば、汝呪詛を繰り返せ。
その言、汝が流した血の涙、繰言の数だけ力となる。
委ねよ、その心に。
狂おしいほど練ったその想い、今こそ爆ぜよ。
「あ……ア……アアアアアアアアアアアア……ッ!!」
少女は体を掻き毟る。
憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!
この身を襲う不条理が、誰も助けてくれないこの世界が。
自分には、もう何も残っていない。
なのに、何故世界は動いている。
からっぽの自分に見向きもせず、どうして世界は回り続ける。
そんなの……不公平だ。
自分が失ったものが取り戻せないというのなら。
全てが、終わってしまえばいい。
「ああああアアアあああ……ッぐああああああああアアア……!!!!!」
怨。
憎。
凝り固まるその感情は、心の最後の扉を開く。
――「鍵」を開けろ。
そこに新たな世界がある。
少女の体から、彼女の感情……メンタルフォースが溢れ出す。
それは部屋の中で、異形の体を成し窓からどこへとも無く飛翔していく。
「消えろ……キ……エロ……全部……ゼンブ……消えてシマエバいい……!!」
こうして、少女は母体となった。