インデックス

シリーズ他作品

他作品

BLACK=OUT

第七章第五話:碧の魔方陣

 一方の、神林は。
 狂気へと取り込まれたマークスと対峙していた。
「どうした!? 動かなきゃ殺られるよっ!!!」
 マークスの、遠慮の無い攻撃を、しかし神林は凌ぐ事しか出来ない。
(あの時、マークスは『助けて』って言ったんだ……っ!!)
 自らを傷つける、否、自らを殺めようとするその拳に相対しても尚、彼女はそれを討つことを躊躇う。
 重い一撃が頬を掠め、かわした先に新たな攻撃の手が加えられる。手にした太刀でそれを受け止めると、それを予期していたかのような側面からの攻撃。
 神林とて、今までおとなしく神社の娘として箱に入っていたわけではない。否、むしろ同年代の女子に比べても活発な方だったであろう。なにせ、中等校へ入学する頃には、既にマインドブレイカー狩りをしていたのだから。
 だからこそ、知っていた。
――軟弱な情けは、己を滅ぼすと。
 だが、自分だけは……自分は、そうありたくなかった。マークスを助けたいと思うその願いは、決して脆弱なものではない。

――確かに昔、誓った。わるいひとは、やっつけると。
 では、なぜそう誓った?その誓いの底に在る願いを忘れるな。

 私は……

 私は、私の周囲のひとたちに、笑っていて欲しいだけなのだ……!!

 ごう、という音を上げて、神林の太刀が燃え上がる。それは、持ち主の心に呼応するかのように……いや、正しく彼女に呼応しているのだろう。いわばその太刀は、神林自身。
「!!」
 異様な気配を察知したマークスが、ざんっ、と飛び退く。
 じりじりと、時間を焼き尽くす緊張が続く永遠の一瞬。
「なんだい、ムキになっちゃってさ」
 言を発したのはマークス。左前に構え、顔面に掲げられた拳の向こうから光芒無き瞳が覗く。
「そんなにあの男がいいわけ? マークスの趣味も相当悪いけど、あんたも訳分かんないわね」
 神林を馬鹿にしたように言うと、マークスは口の端を吊り上げた。
「あら、じゃああんたはどういう男が趣味なわけ?」
「そうねぇ……わたしは……」
 マークスが、くすり、と笑う。
「あんたみたいな娘かな!!」
 ぐわりと迫る、マークスの疾走。確実に命を狙いに来ている彼女に、神林は……
「神林流心刀、一の太刀!! 風斬剣っ!!」
 剣技で、応えた。
 マークスの反応は速い。神林が技のために左へ刀を引いた時点で攻撃を予期し、太刀が振るわれた時、同時に跳んでいた。マークスの足元を衝撃波が通過する。しかしながら、その一瞬を見逃す神林ではない。体が宙にある以上、次をかわすことなど、出来やしない。
「二の太刀、牙斬剣っ!!!!」
 例え予備動作が見えようとも、もう手遅れ。踏みしめるべき大地は、自身の遥か眼下にある。
「くっ、連撃……!?」
  初めてその顔に狼狽を露わにしたマークスは、咄嗟に両腕で防御体勢を取った。だが、高速で迫り来る衝撃は、彼女の突進力を相殺して余りある。空中での姿勢 を崩すのには十分すぎた。前方と上方へのベクトルを失った以上、後は抗いようの無い力が彼女をフロアへ叩きつけるだけ。
「神林流心刀、最終奥義……!!」
 避けることなど叶わない。
 防ぐことなど許さない。
「風牙昇龍陣っ!!」
  それは、神林がマークスと初めて会った日に……彼女らを救うために放った奥義。既にあちこちが陥没し、剥がれた壁材や壊れた備品が転がる床に、あの日と同 じ魔方陣が広がっていく。発生した衝撃波は全方位へと展開し、床に散らばる破片の類はすべからく壁際へと吹き飛ばされた。地面へと落ちたマークスは、この 衝撃波を本能でレジストしたが、次の瞬間には己の愚行を呪う事になる。
「あたしは決めたんだ!! 誰一人……あたしの大事な人を泣かせないって!!」
 その声に、その想いに、応えて。
 緑の魔方陣が、解放された。
 吹き上げる奔流、唱えた一瞬にしか効果を発動しないレジストは、既に効力を失っている。部屋全体を覆うだけの巨大な魔方陣は、閉鎖空間での戦闘において回避を許さない。
 大気の龍は、マークスを飲み込んだ。

――日向に止めを刺そうとしていた、宮葉小路と共に。

 その声は、日向にも聞こえた。
 宮葉小路は、向こうで起こっている戦闘の様子など、気にもしていないようだ。
 当然かもしれない。自分の獲物が、目の前で息も絶え絶えに倒れているのだ。他のことなど、目に入るまい。
(命……そろそろ……四宝院も……なら……)
 床に溜まっている、自分の血液に右手を浸す。
「あばよ、日向和真ぁっ!!」
 振るわれた雷撃の鞭が、己に届く直前。
 奥義を発動した神林の、凄まじいまでの衝撃波が二人を襲った。
「ぬっ……何だとっ!?」
 身構えていた日向と違い、攻撃動作真っ只中に衝撃波を食らった宮葉小路は、そのまま壁へと叩きつけられた。間を置かず発動する、本命の魔方陣。
「レジスト……っ!!」
 タイミングさえ見誤らなければ、この攻撃に巻き込まれることは無い。彼女は、日向なら対応できると信じているからこそこの技を使ったのだろう。……もっとも、何も考えていない可能性も否定できないが。
「ちっ……ふざけた真似しやがってっ……!!」
 魔方陣に焼かれながらもなお、宮葉小路は立ち上がった。その目は、既に怒りと表現出来る範疇を超えてしまっている。
「てめぇらみんなぶっ殺してやんぜ!!」
 半狂乱に鞭を振り回し、吼える宮葉小路。しかし、それすらも許さじと、スピーカーからアナウンスが流れる。
『只今より、サイコロジカルハザード対策プログラムを起動します。MFT各員は、デバイスの電源を必ず入れてください』
「四宝院……間に……合ったか……」
 こちらも、問題ない。
「やべぇ、あんなもん動かされちまったら、また第二階層に逆戻りだぜっ!! ……ここは退く、覚えてろよ!!」
「そんな事……させると思うか……?」
 見れば、日向の倒れこんでいる壁面に、血で紋章が描かれている。MFTメンバーであれば、見慣れた紋章が。
「やめろ!! そりゃあ……!!」
「ロンリィ-エクステンシヴ-リザーブ-セィ-クレスト-リリース!! ……逃がしは、しないぜ……!! 枯葉舞(かれはまい)!!」

ページトップへ戻る