インデックス

他作品

ランキング

屠殺のエグザ

第十一章第十一話:決着 と 黒幕

 口で言うほど容易くない。
 何とかなるほど甘くない。
 晶の決意は、不可能を可能に変え得るか。
 〈神器封殺〉に触れ、ただの剣に成り果てた〈エグザキラー〉を、晶は握り直す。
「こより、バックアップは任せる」
「うん……もともと私の……」
「俺たちの、だ」
 こよりが、黙って頷く。一方の真琴は一歩下がった。ここから先は、二人の領分である。技術的にも精神的にも、彼女が入る余地はない。真琴に役割があるとすれば、ただ見守ることだけだろう。
 予備動作一切なしで、晶が爆ぜた。〈絶対防壁〉が再度有効になるまで待つつもりはない。急接近の勢いをそのままに、瀑布の如き斬撃を叩き込む。
 対するレイスも、相手が〈エグザキラー〉であるのなら引く気はないのか、真っ向からこれを受けて立つ。互いの剣が一瞬触れ、〈エグザキラー〉がその軌道を急激に変えた。
 受け止めるのでも、躱すのでもない対応。レイスの、〈析眼加速〉によって高められた〈析眼〉は、晶の剣筋を的確に読み取り、いとも簡単にこれを受け流した。
 勢いが、この時は仇になる。目標を見失い、明後日の方向へ吹き飛んで行こうとする〈エグザキラー〉に、晶のバランスが崩れた。
 この機を逃さじと、レイスが〈神器封殺〉を振りかぶる。受け止めるだけの安定を失っている晶は、ならばとあえて〈エグザキラー〉に従いそのまま転がった。
 直後、晶の影から飛び出すこより。彼の体を目隠しに接近していたこよりは、不意打ちも兼ねた攻撃で晶への追い打ちを未然に防ぐ。
 レイスの目的は〈エグザキラー〉だが、眼の前のこよりを無視するわけにもいかない。こよりの手には、彼女愛用の折りたたみロッドが握られている。質量は、〈エグザキラー〉と同じ。つまり、いずれこのロッドは〈エグザキラー〉と〈対置〉される。
 二度同じ手は食わない。レイスはこよりのロッドを受けつつ、晶へと視線を向けた。晶は既に体勢を整え、レイスの背後をとっている。だが、これはブラフ。本命はこよりに違いあるまい。
 レイスの推測を裏付けるかのように、晶が持っていたはずの〈エグザキラー〉を、彼は持っていなかった。代わりに、つい今しがたまでこよりが握っていたはずのロッドが握られている。
 晶には、攻撃予備動作が見られない。ならば、攻めは背後から。レイスは、迎撃の確信を持って振り返る。

 こよりが、ロッドを持っていた。

 消失した〈エグザキラー〉による混乱から立ち直る間もなく、究極のエグザ殺し〈四宝を享受せし者〉レイスは、背後から〈エグザキラー〉に貫かれた。

 重たい音を立てて、レイスの体が崩れる。死の間際に立ち会うのは、悲しい色に瞳を濡らした最強のエグザ殺し〈屠殺のエグザ〉と、血に濡れた〈エグザキラー〉を手に立ち尽くす〈析眼の徒人〉。二人に見下ろされながらレイスは、手首の〈絶対防壁〉に手を触れた。弱々しい発光と共に、腕輪が消失する。続いて、〈析眼加速〉も〈移動〉させた。ゴーグルに隠された顔半分が露わになる。現れた顔は、死相を浮かべながらもなお流麗。
 レイスは最後に〈神器封殺〉に触れ……そのまま、動かなくなった。
 息絶える直前、晶を見た彼の眼を、恐らく忘れることなどできないだろう。
 深い絶望と、無念と、諦念と――僅かな安堵を覗かせた、あの眼を。

「無事だったか、二人共」
 三人が座り込んでいると、太い声に呼ばれた。声のした方を見ると、かろうじて体を支えているラーニンが立っている。傍らには零奈の姿もあった。
「だ、大丈夫だった、晶?」
 駆け寄る零奈に、手を挙げて応える。幸い、怪我はない。
「〈四宝を享受せし者〉を屠るとは。さすが、伊達ではないな。あれは、〈屠殺のエグザ〉が?」
「いえ、俺です。こよりはもう殺しません。……俺が、殺させません」
「そうか……いや、そうだったな。悪かった」
 ラーニンが、レイスの亡骸に眼を遣る。釣られるように他の面々もその視線を追った。傍らには、未だ〈神器封殺〉が転がったままだ。
「他の〈神器〉は?」
「死の間際に、どこかへ〈移動〉させたみたいです。多分、〈絶対領域〉に」
「そうか……出来れば、他の〈神器〉も回収したかったのだが」
 真琴の答えにため息をつくラーニン。もし〈絶対領域〉に送られたとしたら、回収は絶望的だ。
「しかし、よく〈神器封殺〉だけでも残ったものだ」
「〈エグザキラー〉が当たったので。〈移動〉出来なかったんじゃないですかね」
 それより、と晶は話を変えた。
「どうするんですか、これ」
 晶が〈神器封殺〉を指す。こよりの〈エグザキラー〉にとっては天敵のような〈神器〉だ。出来れば〈協会〉預かりにはしたくない、というのが晶の本音である。まだ、こよりはリストから外されていないのだ。
「本来なら、レイスを倒した晶の所有物になるのだけど……」
 言いづらそうに零奈が口籠る。その先を引き継いだのはラーニンだ。
「うむ、君は〈エグザ〉ではないからな。君が拾得したと見なされ、〈協会〉が回収する流れになるだろうが……君はそれを望まないだろう?」
 ラーニンの言う通りだ。真琴や零奈、ラーニンのことは信頼しているが、晶は未だ〈協会〉を「敵」と認識している。今でこそ先の事件でゴタついているとはいえ、落ち着いたらこよりに対してどうであるか、わかったものではない。
「なら、あなたが持てばいいじゃないの、〈屠殺のエグザ〉」
 そう提案したのは、驚くべきことに、零奈だった。
「〈四宝を享受せし者〉を晶が倒して、その場に居合わせた〈屠殺のエグザ〉がそれを奪った。少なくともあなたは〈協会〉所属ではないし、〈神器〉泥棒が一件増えたところで今更、でしょ?」
「だ、だが、それでは〈屠殺のエグザ〉が〈グラックの五大神器〉を二つも手にしていることになる。マークが厳しくなるのは必至だ」
 珍しくラーニンが慌てた様子を見せるが、零奈はどこ吹く風だ。
「あら、先の事件、それに今回の〈四宝を享受せし者〉討伐。動いているんでしょ? 〈疾風の双剣士〉」
 真琴が頷く。〈協会〉内部にいる分、おおよその裏事情は読めるということか。
「そのお陰で余計な仕事も増えたのだけど、まあいいわ。どう? 今回の事件で、〈屠殺のエグザ〉に恩赦は与えられるかしら?」
「成果としては十分でしょう」
 真琴の答えに、ラーニンが異を唱える。
「待て待て、確かに素晴らしい功績だが、同時に〈協会〉のルールにも抵触している」
「〈屠殺のエグザ〉自身は、手を下してないもの。〈協会〉は晶に手を出せないし、出させない」
 交戦すること自体は禁じられていないし、今回は襲われた側である。その結果レイスは死んだが、殺したのは〈エグザ〉ではない晶だ。〈協会〉は、干渉する理由を失う。
「しかしだな……」
 ラーニンは、まだ納得出来ない様子で、ぶつぶつ言っている。
「なら、こうしよう」
 晶は、屈んで〈神器封殺〉を拾い上げた。手に、ずしりと重い感触が伝わる。
「俺がこれを拾得する。で、それをこよりに預ける。ラーニン達は、それを知らない。知っているのは、俺が〈神器〉を拾ったことだけだ」
「無理だ。回収される」
「在り処を俺は教えない。教えるのは、こよりをリストから外してからだ」
 ラーニンが、うーんと唸る。しかし、やがて諦めたような顔でため息をついた。
「仕方あるまい。風向きがどうなるか分からんが、少なくとも悪くはならんことを祈ろう」
 ラーニンが折れたのを確認して、晶はこよりに手の内の〈神器〉を手渡した。
「俺が持ってても使えないし。こんなもん四六時中持ち歩けないからな。だから、これはお前が持っててくれ」
 〈神器〉を受け取り、こよりは神妙な顔で頷いた。すぐさま、自分の〈絶対領域〉に〈対置〉する。
「しかし、よくもまあポンとあれ程の〈神器〉を渡せるものだな。彼女のことは理解しているつもりだが、私には出来ん」
 半ば呆れたような様子で、ラーニンが肩をすくめた。
「信じてますから、俺は」
 当たり前のような晶の物言いに、ラーニンは「それがまず信じられん」と呟いた。
「あら、私は〈屠殺のエグザ〉のことなんか信じていないわよ。晶の意向を汲んだだけ」
「え? あの時は俺、まだ何も……」
「分かるわよ、それくらい。伊達に何年も、あなたを見てないわ」
 何でもないことのように言ってのける零奈に、ラーニンはぼそりと漏らした。
「だが報われんな、〈急進の射手〉」
 直後にラーニンが痛そうな唸り声を上げたのは、足を思い切り踏まれたからに他ならない。

「へぇ、なるほどね。〈四宝を享受せし者〉を倒したんだ。今回はやり過ぎたかと思ったけど、なかなか、どうして」
 携帯を耳に当て、彼は口の端で笑った。晶の存在を知ってから、何度も受けてきた報告は、彼が着実に成長していることを物語っている。
「しかも、簡易なものとはいえ、〈対置回路〉を〈変成〉したって? 予想以上というか、いい〈神器〉職人になりそうじゃない、彼」
 吹き飛んでいるナイフを、こよりと〈対置〉した上で、こよりに残るはずだった運動エネルギーを消してみせた。あれは、時間経過で運動エネルギーを消去する「回路」を組んでいたからこそ出来た芸当だ。だからあのナイフは、こよりと〈対置〉される瞬間、運動エネルギーを持っていなかった。
「妬けるね」
 ポツリと呟いた口元に浮かぶのは、寂しさと、憎悪と。瞬間笑いの途絶えた口元に、しかしそれはすぐに舞い戻る。
「まあでも、それは叶わない。彼はすぐにその力を失うよ。文字通りの徒人となる」
 電話口の相手は黙ったままだ。しかしそれが常なのか、携帯を握る彼に気にした様子はない。
「というわけでね、そろそろ計画を次の段階に進めようと思うんだけど、どうかな?」
 電話の向こうの気配が変わった。
「彼の成長は、もう十分でしょ。僕らが準備した〈浸透者〉をことごとく倒し、ならばと差し向けた〈四宝を享受せし者〉まで倒したんだ。僕もね、そろそろ〈此の面〉にいるのは我慢の限界でさ」
 眼を細めて、自身の左手を天にかざし、眺めた。昏い電灯が、血の気のないその肌を透いて、網膜にその影を映す。
「……いや、むしろ遅過ぎたくらいでしょ。僕はそう思う」
 かざした手を、ぎゅっと握る。その眼は、もう天井を見ていなかった。
「予想外の収穫もあったしね。それにしてもよく手に入れたよ、あの……」
 力だ。欲しかったのは、力だ。

「〈神器封殺〉をさ」

ページトップへ戻る