インデックス

他作品

ランキング

屠殺のエグザ

第七章第二話:演技 と 本音

 こよりが教室に来たのは、いつものように昼休みだった。右手に、今朝登校途中で調達したコンビニの袋を提げている。
「お昼、一緒に食べよ?」
 さすがにクラスメイトの面々も、毎日繰り返されるこよりの訪問に慣れたのか、以前のように視線が集中することは無くなった。相変わらず、黒木や衣谷はうるさいが。
「ああ、こより。ちょっと待ってくれ」
 晶は片手を上げて応えながら、鞄を漁り――直後に、後頭部を殴打されて倒れた。
「お前……いつから名前で呼ぶようになったんだよーっ!」
 振り向くまでも無い、背後には片手に辞書を持った衣谷の姿。しまった、こよりが珍しく、いつもの調子で話しかけるものだから、つい普通に反応してしまった。
「まあまあ落ち着け衣谷。付き合っているのだろう? 二人は」
 黒木が衣谷の肩をぱんぱん、と叩きながら言った。いつもならここで、「はい、お付き合いさせて頂いています」とか何とか、こよりは言いそうなものだが、
「あ……えっと……」
と、困った顔で黒木と晶の顔を交互に見つつ、言葉を濁すだけだった。
(気にしてるんだな、多分)
 こよりが今までしてきたこと、それを知られる前だからこそ、あのような図々しい演技が出来たのだろう。こよりは晶に対して、今まで騙してきたことを負い目に感じている。その本人を目の前にして「付き合っている」などと吹聴するのは、憚られて当然だ。しかし――。
「まあそういう事だ。だから一々殴ってんじゃねぇよ衣谷」
 後頭部をさすり、身体を起こしながら晶は言った。こよりが、驚いた顔で晶を見ている。
「じゃあ俺、こよりと飯食ってくるから。また後でな」
 晶はそう言うと、固まっているこよりの手を取り、教室を後にした。

「悪かったな」
 屋上へ向かう階段を登りながら、晶が詫びた。手はまだ、こよりの手首を握ったままだ。
「付き合ってもいないのに、あんなこと言ってさ」
 これでもう、こよりと晶は付き合っていることになってしまった。学校のアイドルであるこよりにとっては、あまり歓迎すべき事態ではないだろう。――本人が気にするかどうかは甚だ怪しいが。
「ううん、いいけど……」
 最後の踊り場。重い鉄扉を押し開けると、眩しい太陽が眼に飛び込んできた。
「君こそ迷惑じゃない? 私と付き合ってる事になっちゃって」
 日陰は避けて、腰掛ける場所のあるいつもの定位置へ。
「なんで?」
 晶の問いに、こよりは言いづらそうに答えた。
「き……君だって、好きな人の一人や二人いるだろうし――」
「俺はこよりで構わない」
 こよりの言葉を遮って、晶はきっぱりと言った。
「言ったろ、俺はこよりを守るって。だから――それでいい」
 何がそれでいいのか、言った晶本人にもよく解らない。ただ、自分がどう思っているのかを、こよりに対してはっきりしておきたかった。
 その言葉を、こよりがどう受け取ったとしても。
「――うん」
 こよりは少しだけ迷うような顔で、しかし嬉しそうに頷いた。
 いつもの場所に腰掛け、晶は空を仰ぐ。
 抜けるような春の空が眩しかった。

 授業を全て消化した放課後。夕暮れに染まる下足室を、二人は並んで出た。思い返せばここ数日、毎日こよりと行動を共にしている。いままでなら黒木や衣谷と一緒に帰るところだが、彼らとはしばらく教室以外で話もしていない。
「そういえばさ」
 こよりは踵の入りが悪かったのか、片足立ちで踵に指を入れて直している。
「教室とかで演技しなくなってるみたいだけど、何で?」
 昼はそのせいで、うっかりこよりを名前で呼んでしまった。最初の頃の、甘える下級生キャラはどこにいったのだろうか。
「君に……近付くための演技だったから。もうその必要も無いし」
 そうか。晶は得心した。こよりの行動は、全て演技だった。教室で見せるあの行動は二重の演技で、あの教室の様子が演技であるのなら、普段見せられている行動が素であると思うだろう。全ては、晶に疑われず近付くためのもの――。
「ま、あんな演技されちゃ気持ち悪くてたまらんけどな。ああいうのは好みじゃない」
 晶は苦笑しながら答えた。実際、ああいうノリは苦手である。
「――じゃあ、普通の私は?」
 憤慨するかな、と思ったが、意外な問いがこよりから来た。驚いて振り返ると、こよりは鞄を両手で前に持ち、じっと晶を見つめている。晶はしばらく考えると、言った。
「……そうだな。下手な芝居されているよりはマシかな。うん、嫌いじゃない」
「へ、下手な芝居はないでしょ!」
「実際酷いだろ。見え見えだし」
「うー、私の人気を知らないな?」
「知らん。興味も無い」
 ああそうだ、この感じ。いつも通りのやりとりって、こんな感じだ。いつもと同じ、いつもと――。

――出会った頃と、同じ。

「あれ?」
 校門を出た時、こよりが声を上げた。門柱にもたれかかるようにして、中学生の女の子が立っている。
「君は、今朝の……」
 晶の声に応えるように、少女は会釈した。間違いない、今朝少年を助けた〈エグザ〉の少女だ。あの時はすぐに逃げてしまったが、どうしてここで待ち伏せるような真似をしているのだろうか。
 考えられる答えなど、一つしかない。
(狩りに来たのか、こよりを)
 戦闘の予感に身を硬くする晶。二人に向かって、少女が一歩、歩み寄る。
「〈屠殺のエグザ〉さんと、〈析眼の徒人〉さんですね?」
「〈析眼の……徒人〉?」
 知らない名前に首を傾げる晶に、少女は人差し指を突き出した。
「〈変成〉持ちの〈析眼〉を片眼に宿す徒人、あなたの事です。そして――」
 少女は、晶を指した人差し指を、隣に立つこよりへとスライドさせる。
「その〈析眼の徒人〉さんと行動を共にしている〈エグザ〉が〈屠殺のエグザ〉さん。〈協会〉の人間なら、子供でも知っています」
「まあ確かに……君は子供だけど」
「う……こ、子供ですけど、立派な〈エグザ〉です!」
 思わず突っ込んだ晶に、少女はムッとした様子で返した。
「名乗りましょう。ボクは〈疾風の双剣士〉荻原真琴。お二方をお待ちしておりました」
 気を取り直して名乗った少女に、晶は再び身構えた。
「待っていたって……一体何の用だよ」
 前髪をかき上げ、〈析眼〉を開く。こよりは素早く周囲に眼を配り、見えている敵が少女だけであることを確認。しかし少女は予想に反し、深々と二人に頭を下げ、言った。
「ボクに、力を貸して下さい!」

ページトップへ戻る