インデックス

他作品

ランキング

屠殺のエグザ

第二章第二話:エグザ と こより

 水を打ったように静まり返った教室へ、〈エグザ〉の少女は踏み出した。
 一歩、靴裏が、少しばかり表面の荒れた床を叩く。
 〈エグザ〉の少女は、晶を見ていた。晶もまた、少女から眼を離せない。
 顔には満面の笑みを貼り付かせ、

 〈エグザ〉の少女は、晶の許で、言った。

「どうしたんですか、先輩。早くごはん食べに行きましょうよー」
 刹那、教室が爆ぜた。クラスメイトたちが、一斉に騒ぎ立てたのだ。
「おい、晶お前これはどーゆーことだ!?」
 背後から首に腕が回される。振り向くまでもなく、黒木の仕業だ。
「ど……どういう……って……?」
 一体、何がどうなっている? 晶には、全く状況が掴めない。
「晶、お前はさっき、知らないと言ったよな?」
 横で衣谷が、眼鏡の蔓をくいっと持ち上げるジェスチャー付きで睨んでいる。
「なのになぜ、その当人が、こうしてお前をメシに誘いに来る? というかそもそも、一体どこで知り合ったんだ、倉科こよりちゃんに」
「こ……こいつがっ?」
 違う。
 こいつは昨夜会った〈エグザ〉で、物と物を入れ換える能力〈対置〉とかいうのを持っていて、
 ――断じて、学校のアイドルだとかいう普通の人間じゃない。というかそんな奴が高校なんぞに通っているはずが!
 ああしかし、説明して解るもんだろうか、信じられるもんだろうか? 自問自答の末、結局晶は言葉を見失った。
「実は昨日、晶先輩に危ないところを助けて頂いて――」
「逆だ逆! お前の方だろ! 一体どういう……」
 この世界の裏側〈彼(か)の面(も)〉から来たとかいう〈浸透者〉から、この少女は助けてくれた。一体どこをどうすればこちらが助けたなどと……いやそうではなくて!
「もう、先輩ったら、照れなくていいのに……カッコよかったですよ、あの時の先輩……」
 下から。見上げるように。熱っぽく。
 自称(?)倉科こよりは、晶を見つめた。
(お……)
 おぞましい。
 昨夜の非人間的な能力やら非現実的な戦いやら見た後で、こんな顔間近でされても。
 ふと、首の圧迫が無くなったかと思うと、後ろにいたはずの黒木がいつの間にか晶と自称こよりの前に割って入り、ぎゅっと彼女の手を握っていた。
「俺、晶の大親友で黒木っていうの。今度君に何かあったら、俺を呼んでね。晶よりはよっぽど頼りになるからさ」
 うわーこいつもおぞましい。なんだその爽やかトークは。
「僕は衣谷。こんな奴ら相手にすることないよ。そうだ、今度一緒に遊びに行こうよ。友達になった記念にさ」
 お前誰だ僕って何だ! っていうか遊びにだろうが助けにだろうが勝手に行けっての!
「よし、じゃあそういうことで。俺らメシ食うから、お前はどっか行ってろ」
 晶がしっしっと手で自称こよりを追い返す仕草を見せた。あんな非日常に巻き込まれてたまるか。あの二人が上手い具合に場へ割って入ってくれたので、綺麗に誤魔化せる……はずだった。
「ダメですよ、先輩。ちゃんと昨日の約束通りお願いします。お話だって……その……ある……んです……から……」
 最後の方は、下を向いて赤くなってモジモジ。どこの星の住人ですか?
 晶がドン引きしていると、横から肩をぽんぽんと叩かれた。衣谷だ。
「気にするな……行って来い。俺らに黙ってたことは……まあ許してやる」
「明日の昼飯一回オゴリでな」
 衣谷は何かに耐えるような沈痛な面持ちで、黒木は天を仰ぎ涙がこぼれないように――余計な節介を、入れてくれた。
「色々間違ってるから! 大体こいつは……なんつったっけ? 倉科こより? じゃないから! こいつは――」
 言って通じるか? ふと浮かんだ疑問が、続く言葉を言わせない。その様子を二人は、晶がまだ悪あがきをしていると取ったようだ。
 言い訳はいい、とか何とか言って、結局自称こよりの前へと押し出されてしまった。
「それじゃ、行きましょ、先輩」
 そう言って、満面の笑みで、自称こよりは晶の手を取る。その時一瞬怪訝な顔をしたようだったが――すぐに表情を戻すと、見た目の細さに似合わぬ怪力で、晶を引き摺っていった。

 晶が拉致され監禁された場所は、学校の屋上だった。晶を連れてくるなり、自称こよりは本当に弁当箱を広げ始めた。ちなみに、レジャーシート持参である。
「おい」
「何?」
 そう言って振り返った少女の顔には、先ほどまでの笑顔は無い。人懐こそうな笑顔の変わりに貼り付いていたのは、狡猾そうな笑みだ。
「お前、誰だよ。何でここにいる。大体、何で俺の名前を知ってるんだ」
 やはり、フェイクだ。何か物を交換する能力とか言ってたし、本物の倉科こよりとかいう娘と入れ換わったのだろう――出来るかどうかは知らないが、出来たって不思議じゃない。
「だから、倉科こよりだってば」
「嘘言うな! あんな……あんなファンタジー世界の住人が、こんな高校の生徒やってるわけないだろ!」
 激昂する晶をよそに、自称こよりは卵焼きを口に放り込んだ。
「何で……んぐんぐ……嘘だと……んっく、思うわけ?」
「ちゃんと飲み込んでから喋れ」
「えー? 突っ込むところはそこぉ?」
「う……っていうか、だってほら、……何でだろ?」
 改めて訊かれると答えに困る。強いて言うなら……「住んでる世界が違うから」だろうか。
 しかし、それも言わば晶本人の思い込み、イメージであり、そこには「はずだ」という言葉が付きまとう。
「ちゃんとこの高校の生徒。本物。〈対置〉で入れ換わったとか考えてるかもしれないけど、〈対置〉では物体同士しか入れ換えられないから、立場だとか記憶だとかは無理だよ」
 タコさんウィンナー、口へ。「というか、私を知らないなんてモグリよね」とおまけ付き。
「じゃ……じゃあ何で俺の名前を……」
「知らないよ」
 平然と答え、水筒のお茶を呷った。
「でも、お友達の……名前忘れたけど、彼らが『晶』って呼んでたからね。ラッキーって」
 結構貴重なチャンスを無駄にした二人に、とりあえず乾杯。
 怒りのぶつけ先が微妙に空振り、晶はしばらく所在無さ気に足踏みをしていた。
「座ったら? というか、ごはん食べないの?」
「食えるかこんな状況で! そもそも、お前とはメシ食う約束なんてしてないだろ! 何だ『昨日の約束』って!」
「だから、約束だってば」
 ごはん食べる約束、だなんて一言も言ってないよ、と(どうやら本物らしい)こよりは言った。
「言ったでしょ。『詳しくは、いずれゆっくり説明する』って」
 一言も嘘は言ってないよ、と、こよりは得意げな顔で笑った。

ページトップへ戻る