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屠殺のエグザ

第十一章第六話:〈エグザキラー〉 と アンチテーゼ

 声の主は、こよりだった。
 傷のためか荒い息を吐きながら、やっとの様子で立ち上がっている。
「こより、無茶だ! その怪我で戦おうなんて!」
 晶が駆け寄り、こよりの肩を抱く。晶の肩越しにこよりは、しかしなおも前進しようと体を募らせた。
「……どいて。誰も、あいつのために傷つく必要はないの」
「そんなの、お前にだってない!」
 肩を掴んだ手に力を込める。そんなことをしなくても、こよりにそれを振りほどく力がないのは明白だったが、そのことが一層晶を苦しめた。
「これは、私の業なの。たくさんの人を殺してきた……だから」
 掠れた声でこよりが言う。自虐も自傷も、何一つ生み出しはしないのに。
「だから、あいつが〈エグザキラー〉を求めて他の誰かを傷つけるなら、私がやらなきゃ。私は力を手に入れたけど、それを狙う誰かが現れたら……それくらいの覚悟は、できてるんだから」
 無理だ。
 晶は、頭を振る。
 それは違う。その覚悟を背負っているのなら、わかるはずだ。
「こより。今のお前に、あいつは倒せない。よしんば倒せるとしても、俺が許さない」
 これは、晶のエゴだ。
「言ったろ。これは俺の『誓い』なんだ。お前に二度と、殺させはしない」
 強く、しかし優しく、含むようにこよりへ言い聞かせる。悩む必要なんてない。今戦えるのは、一人だ。
「〈エグザキラー〉を貸して、こより。今のお前が戦うより、俺が戦うほうが、まだ勝ちの眼がある」
 静かに、しかし有無を言わさぬ調子。こよりはしばらく黙って荒い呼吸を繰り返していたが、やがて観念したように〈エグザキラー〉を〈対置〉した。
「約束して」
 〈神器〉を渡しながら、こよりが言う。
「死なないで。私のせいで君が死ぬのは、嫌だから」
「……ああ、わかってる」
 受け取った〈神器〉の重みに、晶の気が引き締まる。こんなに重いものを、〈屠殺のエグザ〉と呼ばれながらこよりは、どんな思いで振るってきたのだろうか。
(無茶ばかりするんだ、あいつは。何でも一人で背負い込んで)
 もっとも、今回ばかりは人のことを言えない。それぐらいは認識している。
「さて、と」
 今までの戦いとは違う。相手も、状況も、そして自分自身も。
「というわけだ。あんたが欲しいものは、俺が持ってる」
 ゴーグル状の〈神器〉、その向こうに確かにあるはずの眼はようとして知れず、感情を見せない顔からは何を考えているのかを汲み取ることはできない。だが、確かに感じる。レイスはたった今、晶を敵と認識した。
「欲しかったら、捕まえてみろ。〈エグザキラー〉は、ここにある」
 あるいは、晶が言い終えるよりも早く、レイスは疾駆した。姿勢は極めて低く、さながら黒豹のようだ。ラーニンとの戦いで見せたそれよりも、まだ速い。
 瞬きの間に詰め寄るレイスを、しかし晶は横飛びに避けた。先ほど見た踏み込みよりさらにスピードを上げられる、その事実には驚いたが、この速度が限界に近いことも同時に見抜いている。
 果たして、レイスは晶を追いきれず、いくらかの距離を空けてしまった。この速度は、相手が反応できない前提の最速。対応されれば勢い余るし、軌道の変更など望むべくもない。
 レイスが体勢を立て直すには、僅かとはいえ時間が必要だ。その隙に、攻撃に転じるのが吉か?
――否。
 晶は向きを変え、その場から離脱した。

 突然鳴った携帯に眼を落とすと、晶の名前が表示されていた。この時間に掛けてくるとは、よほど逼迫した事態なのだろう――そう考えながら、通話ボタンを押し、耳に当てる。
『真琴、済まない、緊急事態だ!』
 走りながらなのか、息が荒い。なるほど、状況は分かった。
「〈四宝を享受せし者〉ですね?」
『ああ! ……どうしてそれを?』
「〈急進の射手〉さんから連絡がありました。大丈夫です、いつでも動けますよ」
 電話の向こうで、晶が「助かる」と呟いている。さすが〈協会〉でも実力派と呼ばれる〈エグザ〉の一人、〈急進の射手〉だ。フォローが的確である。
『こよりとラーニンが、レイスにやられて倒れている。二人を頼みたい。場所は――』
 晶が告げたのは、中学校からそう遠くない場所だ。
「五分掛かりません。ところで晶先輩、〈四宝を享受せし者〉が先輩を追っているということは……」
『ああ……〈エグザキラー〉は、俺が持っている』
 なるほど、レイスをこよりから引き剥がすためか。それだけ晶にとって、こよりが大事であるということなのだろう。
『真琴、レイスの持っている〈神器〉は詳しいか?』
 晶の問いに、真琴は「もちろん」と答えた。実戦はともかく、〈神器〉の知識に関しては〈協会〉でもトップクラスだと自負している。
『その前に、確認しておきたい。〈エグザキラー〉は、〈グラックの五大神器〉なんだな?』
 答えは、是。
 〈対置封殺〉……それが、〈エグザキラー〉の正確な表記だ。
  〈グラックの五大神器〉は、それぞれがアンチテーゼを持っている。攻撃面において絶対的な優位性を誇る〈陽炎魔鎌〉であれば、〈エグザキラー〉がまさにアンチテーゼだ。一度打ち合ったが最後、「敵の回避に追従する」というアドバンテージは失われる。〈陽炎魔鎌〉にとっては、まさに天敵といえる〈神器〉なの だ。
『なるほどな。レイスが持っていた、ゴーグルみたいな〈神器〉は何なんだ?』
「名前は〈析眼加速(イーブ)〉。能力は……先輩なら、もう把握できてますよね?」
  晶が睨んだとおり、〈析眼加速〉は〈析眼〉の大幅な能力上昇。〈変成〉ができるようになるなど、副次的な効果こそないものの、対〈浸透者〉戦、対〈エグザ〉戦問わず役に立つ、極めて優秀な〈神器〉だ。また、〈グラックの五大神器〉の中で唯一、アンチテーゼを持たない〈神器〉でもある。シンプルだが強力な、まさに奇才グラックの作らしい〈神器〉であると言えるだろう。
「とにかく、無理はしないでください。〈四宝を享受せし者〉が相手なら、〈エグザキラー〉を持っているだけじゃ、圧倒的に不利です」
『どういうことなんだ。〈陽炎魔鎌〉との相性はいいんじゃなかったのか?』
「それは――」
 言いかけて携帯を耳から離し、顔をしかめる。耳障りな大音量の雑音が響いたからだ。続けて液晶画面の表示を確認すると、そこには「通話終了」の文字。
「……捕まっちゃったかな、先輩」
 厳しい顔で、切れた電話を見つめる。だとすれば、時間の余裕はあまりない。レイスが相手では自分が駆けつけたところで戦闘の役には立たないだろうが、それでも、知識面では力になれるかもしれないのだ。
――まずは、こより先輩と〈血の裁決〉の確保かな?
 その上で、可能なら晶を追跡する。もしレイスが「あれ」を持ち出してきたら厄介だ。いや、十中八九そうなるだろう。〈エグザキラー〉を手に入れるつもりなら、最初からそれくらい折り込み済みに違いない。それまでに、合流しなければ。文字通り、時間との戦いだ。
「いいよ……見せてあげようじゃないの。〈疾風の双剣士〉は、伊達じゃないってね!」
 一陣、風が舞う。
  真琴の脚が地を蹴り、土埃を舞い上げた。しかし、それも最初の踏み込みだけ。二の足、三の足は、舞い上がる土埃さえ許さず、鎌鼬のように空気を切り裂き加速していく。その加速も一瞬、瞬く間にトップスピードに達した真琴は、その速度を維持したまま、混雑する街中を疾駆した。
 〈析眼〉を開いた真琴に、追従できる〈エグザ〉など存在しない。
 たとえ無名であっても、彼女もまた、特別な〈エグザ〉なのだ。

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