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屠殺のエグザ

第八章第四話:石 と 剣

 件の〈浸透者〉がよく出現するという区域を一通り見て回り、ようやく解散という時には既に陽が暮れていた。晶が持っていた荷物は、こよりの〈絶対領域〉に、かさばらない武器と引き換えに〈対置〉してもらってある。
「この辺りなら、一応人的被害は減らせそうだね」
  真琴から聞いた〈浸透者〉の出現区域はかなりの広範囲に及ぶ。実際問題として網を張るには広すぎて、ある程度狙いを絞って構えていないと徒労に終わる可能性が高かった。そして同じ網を張るなら、少しでもこちらに有利で、かつ万が一敵が完全に表出した際、一般人に被害が及ぶ恐れが少ない場所がいい。そういう意味で、今晶たちがいる河川敷に設けられた公園は都合が良かった。もし〈浸透者〉が昼間ここに現れたなら被害は甚大だが、夜間ならここはほぼ無人だ。そして何よりかなり開けていて、広範囲に渡って視界を確保出来る。その戦闘力の大半を〈析眼〉に頼っている〈エグザ〉にとって、視界の確保は最重要事項のひとつでもあった。
「ま、都合良くここに現れるとは限らないと思うけどな。〈協会〉だって昼間は〈浸透者〉の追跡が出来ないんだろ?」
 晶の言葉に、真琴が頷く。昼間は沢山の人や物が移動しているため、〈浸透者〉が空間に残す痕跡を視認しづらい。そのため夜が明けてしまえば、再び夜になるま で、〈エグザ〉は〈浸透者〉を見失うことになる。逆に言えば、夜になるまで〈浸透者〉がどこにいるか、誰にも分からないのだ。
「さて、それじゃあ、ここで戦う作戦を考えておかないとね。〈対置〉で利用出来そうな物も何も無いし」
 何しろ相手は、既に何人もの〈エグザ〉を屠っている〈浸透者〉だ。しっかりと作戦を立ててからでないと全滅しかねない。今回もまた、こよりがその作戦を考える役だ。
「明日までに考えておくから。今日はこれで解散にしましょうか。準備もしっかりしておきたいし」
 こよりの声に頷く二人。互いに別れの挨拶を交わし、それぞれが帰路へ就こうとした、その時。
 始まりは、よく乾いた小枝が折れたような音だった。普段なら気にも留めないその音に何故か違和感を覚えた晶は、その音がした方向――背中を見せている真琴の方へ振り返った。
「どうしたの?」
 突如立ち止まった晶に、こよりが問う。
「いや……何か、よく分かんないけど……」
 晶が答えた時、またその音が鳴った。真琴が小枝でも踏んでいるのか――いや、違う。何が違うとは言えないが、本能的にそれが何か違うものだと感じる。それも多分、かなり嫌なものだ。
 パキ、パキと、少しずつ音が鳴る間隔が短くなっていく。
「こより、この音……」
「ん? 真琴ちゃんが何か踏んでるんじゃないの?」
 違う。そうだ、違う。何故なら、真琴の足が地に触れるタイミングと、音が鳴るタイミングがまるで合っていないのだ。
「多分、だけど……」
 晶は前髪をかき上げ、右眼を露出する。〈析眼〉を開き睨んだ虚空には何も存在しない。しかし。
「かなり、ヤバイ――」
 言いかけた時だった。さっきまで鳴っていたのと同じ音、しかし空気が震えるほどに大きく、その音が鳴る。同時に、晶の右眼は真琴がいる空間が砕けるのを視た。空いた空間から、それまで存在していた〈此の面〉の空間を押し広げるようにして現れたのは。
「し、〈浸透者〉!?」
 今まで見たことも無い大きさの〈浸透者〉だった。屈んだ姿勢なので分からないが、立てば全高は優に二十メートルは超えそうだ。その〈浸透者〉が、真琴の真後ろにいる。
「真琴!」
――真琴の〈析眼〉は身体能力の強化に特化されていて、〈析眼〉本来の機能である「物体の本質を見る」という能力に乏しい。ましてや今、真琴は〈析眼〉を閉じている。なら、たとえ真後ろに〈浸透者〉が現れたとしても気付けるはずが無い。晶は、思わず真琴の名を叫んでいた。
「どうかしま……」
 笑顔で振り返った真琴は、しかしその途中で言いかけた言葉ごと凍りついた。眼の前には〈浸透者〉、それも見上げるほどの体躯を有する、鬼のような。それが眼と鼻の先で、こちらを見ているのだ。
「下がれ、真琴!」
 鋭い晶の叫び、同時に真琴は素早く後ろへ跳んだ。直後に〈浸透者〉の右手が、さっきまで真琴が立っていた場所を薙いだ。
「くそっ」
 何とか〈浸透者〉を真琴から引き剥がさないと。あれだけ接近されていては、真琴も戦闘準備を整えられない。こちらは〈浸透者〉との間に距離があるし、こよりは既に剣を〈対置〉し終えている。自分たちが引きつけられれば、真琴も戦闘準備が出来るはずだ。
  晶は足元の小石を拾って投げた。〈析眼〉を開いている今、投石が目標を外すことはあり得ない。しかし小石が当たった程度では何とも無いのか、〈浸透者〉は こちらを見ようともしなかった。そうこうしている間にも、再び〈浸透者〉は真琴へと二撃目を加えている。幸いにもあまり速くない〈浸透者〉らしく、真琴なら十分に避けられるようだ。だが〈対置〉するだけの余裕が無いのも確かで、いずれ苦しい事態になることは眼に見えている。
 晶の手元に武器は無い。しかし〈変成〉を駆使すれば。やれるやれないじゃない、やらないでどうする。
  晶はもう一つ小石を拾い、今度はそれを掌の上に載せて〈浸透者〉へと突き出した。〈変成〉は物体の本質を書き換える。それはこの世界に存在する、ありとあらゆるオブジェクトのプロパティをハッキングする行為に等しい。物体の本質とは何も、硬さや重さだけではない。その物体がこの空間に存在するという状態全て、その振る舞いそのものも、いわば本質だ。だからこそ〈析眼〉は〈浸透者〉の筋肉の動きを視られるし、走っている自動車の速度を視られる。そして晶は、 視ることが出来るもの全てを書き換えられる。ならば。
「投げた程度で効かないなら、撃ち込めばいいんだろ!」
 ならば、静止している小石の本質を書き換え、任意のベクトルに運動エネルギーを持たせることも難くない。
 晶の手から、小石の弾丸が撃ち込まれる。五度目の攻撃を真琴へ仕掛けようとしていた右腕にめり込んだそれは、〈浸透者〉に耳障りな悲鳴を上げさせた。ゆっくりと〈浸透者〉が、晶を振り返る。
「オッケー、私が出る!」
「気をつけろよ、こより。真琴、そこから離れて態勢を立て直せ!」
 気がひけたらこちらのものだ。こよりが剣を構えて〈浸透者〉へ突進し、晶は次の小石を拾った。目標は大きい。こよりの援護をするのなら、自分は距離を詰めるよりも遠距離から石を飛ばしたほうがいいだろう。
 目論見通り、〈浸透者〉はこちらを目掛けて一直線に進んできた。恐らくは晶が目的だったろうが、その射線上にはこよりがいる。〈浸透者〉を返依せれば勝ちな晶たちにとって、こよりこそが攻撃の本丸だ。
「ええっと……んー、むー、いいのがありませんねぇ……」
 〈浸透者〉から離れ、真琴が周りをきょろきょろしながら何かを探している。
「……ったく。真琴、これ使え!」
 晶は持っていた小石二つを〈変成〉して、真琴の足元に飛ばした。土の地面を弾き、それは寸分違わず狙った場所へと着弾する。
「ありがとうございます、晶先輩!」
 両手にそれぞれ、見た眼以上の重さになった小石を持ち、真琴はそれを握り締め叫んだ。
「〈神器・SHDB〉、来い! 〈対置〉!」
 眩い閃光、両の手から零れ落ちる光芒は真琴を包み、やがてその光の中から、褐色の弾丸と化した真琴が幕を破るように飛び出した。両手には「絶対に折れない双剣」〈神器・SHDB〉。
 戦闘態勢が整った三人に、〈浸透者〉は地響きとも思えるような咆哮で応じた。彼ら以外誰もいない公園に、自らへの畏怖を与えるかのように。

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