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屠殺のエグザ

第七章第三話:複製 と 移動

 深く頭を下げた〈エグザ〉の少女――〈疾風の双剣士〉荻原真琴は、そのままの姿勢で動きを止めた。
「助けて欲しいって……どういうこと?」
 こよりが困惑気味に尋ねる。今まで自分を狙いに来た〈エグザ〉は数知れずいたが、助力を願い出られたのは初めてだ。
「はい、実はです」
 こよりの言葉に、真琴は勢いよく頭を上げた。日焼けだろうか、褐色の肌に白い眼が爛々と輝くその様は猫を想像させる。
「ボク、この間から追っている〈浸透者〉がいるんですけど、そいつが強くてですね……恥ずかしながら、ボク一人では返依せそうにないのですよ。表出した時期から考えて、きっともうすぐ完全に表出してしまうので、それまでに何とか返依したいのです」
「そ、そうじゃなくてね」
 ひと息に喋った真琴の、言葉の隙間を慌てて制する。こよりの疑問は、そっちじゃない。
「どうして私なのかな。私は――あなたたち〈協会〉に追われる身よ?」
「〈此の面〉へやってきて、たった一年足らずで名が知れ渡った〈エグザ〉です。強いに決まってるじゃないですか!」
 勢い込んでまくし立てる真琴。しかしどうも話がかみ合っていないようだ。
「わ、私を狩りに来たっていうのなら分かるけど――」
「だってボク、〈執行者〉じゃありませんから」
 当たり前のような顔で真琴は言う。
「粛 正として〈エグザ〉を討つ権限を持っているのは、〈協会〉から〈執行者〉に任命されてる〈エグザ〉だけです。それも、〈協会〉が定めるリストに名のある 〈エグザ殺し〉に限ります。〈執行者〉に任命されていない〈エグザ〉は、たとえ相手が〈エグザ殺し〉であったとしても、正当防衛以外で殺めることは禁じら れてるんですよ」
「え、あ、う、そういうことじゃなくて――」
「今回の相手、相当手ごわいです。ですから、〈屠殺のエグザ〉さんみたいに強い方の協力が必要なのです。力を貸してくれませんか?」
 そして真琴は再び頭を下げる。こよりと晶は顔を見合わせた。
(どう思う?)
(順当に考えたら、罠の可能性が高いけど……零奈先輩の件を考えたらなぁ。わざわざそんなめんどくさいことするか?)
 二人がヒソヒソと相談している間も、真琴は頭を上げずにじっとしている。真琴の身長はこよりよりも少し低く、その背中からは真剣な意志が感じられた。
「――分かった。あなたと共闘します、〈疾風の双剣士〉荻原真琴」
 こよりの言葉に、真琴はがばりと頭を上げた。その顔は満面、嬉しそうな笑みである。
「あ――ありがとうございますっ!」
「で、共闘って言っても実際どうするんだ?」
 晶はまだ、〈エグザ〉同士が協力して戦う場面に立ち会ったことが無い。ましてや晶もこよりも、真琴の言う〈浸透者〉に関する情報は何も持っていないのだ。
「とりあえず明るい内に〈浸透者〉が出現するエリアの下見をして、夜になってから装備を整えて出直しましょう。それでいいよね?」
 こよりの提案に晶は頷いた。それを見て真琴が、不思議そうに首を傾げる。
「あれ? 〈析眼の徒人〉さんも来るんですか?」
「……別に、お前の邪魔はしないよ。俺はこよりを守るだけだ」
 暗に「来るな」と言われているようで、晶はムッとして返した。その様子に、真琴が慌てて訂正を入れる。
「あ、ち、違うんです! 〈析眼の徒人〉さんが邪魔だとか、そうじゃなくてですね、その――〈析眼の徒人〉さんは、〈エグザ〉じゃないんでしょう? 危険じゃないのかなー……って……」
「その点は大丈夫よ、真琴ちゃん」
 こよりが苦笑しながら口を挟んだ。
「彼、かなり強いわよ。〈変成〉だって使いこなせるし、〈析眼〉を閉じた状態ですら、私より視えてるんだから」
  〈エグザ〉にとって〈析眼〉の性能は、攻撃にも防御にも直結する。〈析眼〉の情報分析能力が高ければ、それだけ精密に相手の行動を見られるし、そうすれば 相手の隙を突いて攻撃することも、相手の攻撃を避けることも容易になる。晶の〈析眼〉は、それを高い次元で実現しているのだ。〈換手〉を持たない晶は〈対 置〉こそ出来ないが、〈変成〉能力を駆使すれば、落ちている全ての物体を武器に出来る。その高性能な〈析眼〉と相まって、戦闘力だけなら並の〈エグザ〉と 比べても遜色は無い。唯一不便があるとすれば、〈換手〉を持たないが故に〈浸透者〉を返依すことが出来ないということか。
「そ……そうだったんですか、失礼しましたっ!」
 真琴が恐縮して頭を下げる。晶はまだ渋い顔で、だがすぐに困ったような顔で苦笑した。朝、迷わず飛び出して少年を助けたことといい、本質的に悪い娘ではない。
「いいよ、別に。それより、今から下見に行くんだろ? その〈浸透者〉が出現するのは、どの辺りなんだ?」
「あ、はい。駅より南側の、工場がいっぱい建ってるところです。ご案内しますね」
 そう言って真琴は、先に立って歩き始める。
「何だか――」
「賑やかな娘だね」
 二人は笑って、真琴の後を追う。夕陽の映す長い影を踏みながら。

 真琴に導かれるまま、二人は駅からやや離れた工業地帯にやって来た。ここは民家も少なく、これといった店舗も無いので、地元にでも住んでいない限り、こ こに来ることは滅多に無い。もっとも、駅側から伸びる幹線道路がこの一帯を貫き、そのまま東西に伸びる国道まで通じているため、通過だけならする機会は多 い。
「大体、この辺りに出現することが多いです。行動パターンとしては、身近な工場の中に逃げ込むことが多いですね。特殊な能力を持っているというわけではないのですが、とてもすばしっこい奴なので――障害物の多いエリアだと、手玉に取られます」
 真琴の話によれば、相当身軽な〈浸透者〉らしい。天井からぶら下がっているクレーンを登ったり、柱から柱へ飛び移ったりなんてことは朝飯前だそうだ。
「事前に準備しておこうにも、昼間だと工場にも人がいて――そうそう簡単に中に入れません」
 いくら〈エグザ〉だと言っても、中学生の女の子だ。それが勝手に工場の中に入ってきたら目立つだろう。作業員に止められない訳が無い。
「それなら私より、〈複製〉持ちの〈エグザ〉に頼んだ方が良かったんじゃない?」
「そんな、どこにでもいるってわけじゃないですよ、〈複製〉持ちなんて」
 こよりの言葉に、真琴は肩を落として答えた。こよりが「それもそうね」と返したあたり、そのことはこよりも十分承知していたようだ。
「〈複製〉持ちって?」
「ん、ああ、君は知らなかったよね」
 聞き慣れない言葉を聞き返した晶に、こよりが答えた。
「〈複製〉っていうのは、稀に〈換手〉が持っている特殊な能力でね……〈析眼〉でいう〈変成〉みたいなものかな。〈複製〉を持っている〈換手〉は、〈複製〉と〈移動〉っていう能力が扱えるの」
「〈複製〉と、〈移動〉……?」
 〈変成〉持ちの〈析眼〉は、〈変成〉能力しか持たないが、どうやら〈複製〉持ちの〈換手〉は、〈複製〉の他に〈移動〉という能力も扱えるらしい。
「〈複製〉は任意の物体のコピーを作成する能力です。作成したコピーは、一定時間で消えてしまいます。〈移動〉は任意の物体を移動させる能力で、被交換物無しで物体を手元に持ってきたり、あるいは視界の及ぶ範囲で持っていくことが出来ます」
 こよりの説明を、真琴が引き継いだ。珍しい能力だということだが、やはり〈エグザ〉の間では有名な能力なのだろう。恐らくは、一種の憧憬と畏怖をもって。
「なるほどね。〈複製〉持ちなら、相手が飛び移ろうとしたものを〈移動〉させて墜落させたり……っていうのが出来るってわけだ」
「そういうこと。でもここにはいないからね。こっちは数でいきましょう」
 こよりはそう言うと、意味ありげに笑ってみせた。

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